時代の流れに合うように、年々改正を重ねる法律。数十種類にも及ぶ各法律は、各法律の専門家や委員会により逐一見直されています。もちろん新たな法律が産声をあげることもあります。
土壌汚染対策法もその中の1つ。ただでさえ不完全なまま施行された法律であったため、その改正の頻度は比較的高く、徐々により正しい姿へと変わりつつあります。
とはいえ、まだまだ発展途上の法律であることには変わりありません。
今回はそんな土壌汚染対策法の最新の改正内容(平成31年4月)についてお話いたします。
よくわからない!
土壌汚染対策法は何のために制定されたのですか?
法規制前の土壌汚染対策状況
典型7公害という名称をあなたはご存知ですか?環境基本法で規定された人の経済活動を原因とする7つの公害を言います。
7つとは、大気、水質、騒音、振動、悪臭、地盤沈下、そして土壌です。7つのうち土壌を除く6つの公害については早い段階から法規制がなされていました。
各公害を防止するための対策についても理にかなった手法が考案され、公害防止に大きな役割を果たしてきました。
ところが、土壌汚染についてはこれまで何ら対策がなされていませんでした。
唯一農用地に対しては、「農用地の土壌汚染防止等に関する法律」により法規制がなされていましたが、文字通り農用地にのみ適用される法律であり、それ以外の土地については何ら法規制がなされていませんでした。
法規制が難しい土壌
典型7公害の中でも土壌汚染に関する法規制だけが遅れた理由、それは土壌が非常に複雑な機構を持つためだと考えられています。
大気も水質も悪臭も騒音、振動もその原因となるものをしっかりと規制すれば、公害を未然に防止することができます。原因追求も容易です。
ところが、土壌汚染は地中という目に見えない汚染であることに加えて、地質学という学問も大いに関係してきます。また、一旦汚染されれば数十年単位でいつまでも滞留し続けるので汚染原因の特定も極めて困難です。
さらに土地の権利者、使用者の関係も複雑です。ただでさえ、土地の所有権などを巡って年間数百件もの民事裁判事例があり、そこに土壌汚染原因者の問題も加わると、法規制の難航は避けられません。
工場や研究者のような事業所、クリーニング店のような商店跡地では、土壌汚染が非常に深刻です。土壌や地下水、河川への環境汚染問題の原因となり、またそれはそのまま人への健康問題に直結します。
難航が避けられない土壌汚染の法規制ですが、土壌汚染対策法は何としても施行させなければならなかった法律なのです。
土壌汚染対策法の問題点は何ですか?
さて、平成15年に施行された土壌汚染対策法ですが、施行に至るまでの数十回に及ぶ議論は常に紛糾していました。
中でも地質学者と法律学者、経済学者等で構成された委員会は一向にまとまらず、特に地質学に基づいた内容の法規制は全く採用されず、その結果、ある地質学者が机を蹴り上げて会議室から退出する事態にまで発展したのです。
「地質学を全く無視した完全なるザル法」
それこそが今なお土壌汚染対策法が孕んでいる極めて重大な問題点なのです。
地質学を習得せずともガイドライン通りに実施すれば結果が確定する、画一的な手法を目指した結果が、昨今の豊洲での土壌汚染問題を引き起こす事態となったと言えるでしょう。
大気汚染は早くから規制があったのに!
改定された理由はなんですか?
法改正について
土壌汚染対策法平成31年4月改正の内容は以下の通りです。
「一時的免除中の土地における土地の形質の変更時の届出義務の創設(法第3条第7項) 」
→法第3条第1項ただし書の確認を受け、調査義務が一時的に免除されている土地の所有者等は、当該土地において土地の形質の変更を行おうとする場合は、土地の形質の変更の場所及び着手予定日等をあらかじめ都道府県知事に届け出なければならない。ただし、軽易な行為その他の行為や非常災害のために必要な応急措置として行う行為はこの限りではない。(環境省「改正土壌汚染対策法について」より)
土壌汚染対策法第3条第1項では、特定施設の使用履歴がある土地については土壌汚染調査をしなければならない、ということが規定されています。ただし、人に対して健康被害が起こりえないと判断された時は、調査の一時的な免除が認められることになっています。
旧法では、その一次免除中の土地が3000㎡未満であれば、何ら届出の必要なく土地の形質変更をすることができました。形質変更とは、調査などを含めたその土地の中の土壌に何らかの変更を加える行為のことです。
改正後、この規定が一部強化され、一次免除中の土地の面積が900㎡以上の場合、土地の形質変更時に届出が必要となりました。
「土地の形質の変更時の届出と併せて調査結果を報告することができる規定を新設(法第4条第2項) 」
→法第4条第1項の土地の形質の変更を行おうとする者は、土地の所有者の全員の同意を得て、土壌汚染状況調査を行い、その結果を土地の形質の変更の届出に併せて都道府県知事に報告することができることとした。(環境省「改正土壌汚染対策法について」より)
旧法では、土壌汚染対策法第4条に基づく調査を実施する場合、以下のような手順で実施しなければなりませんでした。
土地の形質変更の届出→都道府県等による汚染お恐れの判断→調査命令→調査結果報告
ところが、この流れで土壌汚染調査を行なうと、無駄に時間を要し現場工程に大きな影響がありました。そのため改正後、土地の形質変更の届出と併せて土壌汚染調査結果を報告できることになりました。
これにより都道府県等による汚染の恐れの判断の迅速化やより正確な判断が可能になり、現場での工程もよりスムーズになったのです。
規制が必要
規則改正について
法改正の他に、土壌汚染対策法施行規則でも数点の改正がありました。以下にその代表的な改正について説明いたします。
「汚染のおそれの由来に応じた土壌汚染状況調査の実施の明確化(規則第3条第6項) 」
→土壌汚染状況調査の実施者は、土壌汚染状況調査の対象地の自然由来、水面埋立て土砂由来、人為等由来の汚染のおそれがある土地、特定有害物質ごとに、それぞれに応じた方法で試料採取等を行う区画の選定等を行うこととする。(環境省「改正土壌汚染対策法について」より)
基本的に土壌汚染対策法は、人の事業活動を原因とした土壌汚染を対象としています。しかし、実際にはそれ以外の原因、つまり自然由来の汚染の可能性も否定できるものではありません。
もちろん、自然由来の物質を汚染とすべきかどうかという議論はあります。しかし、土壌汚染対策法の目的は人への健康被害を防止することであり、有害物質による土壌汚染が、人の義業活動によるものであろうと、自然由来であろうと人への悪影響には変わりありません。
旧法では、自然由来の土壌汚染は特例扱いでしたが、自然由来が原因であったとしても、それぞれの原因に応じた区画設定をすることとなりました。つまり、人の事業活動も自然由来も同等の扱いということになったのです。
試料採取等対象物質における分解生成物の位置づけの明確化(規則第3条第2項)
→試料採取等対象物質に分解生成物を含むことを規則で明確化した。 (環境省「改正土壌汚染対策法について」より)
第一種特定有害物質の1つである四塩化炭素は、その特殊な性質から、ある条件のもとで様々な物質へと分解されていきます。
旧法では、四塩化炭素の分解生成物についての規定はありませんでしたが、四塩化炭素からクロロホルムを経て、ジクロロメタンが生成される可能性が否定できないということで、四塩化炭素からジクロロメタンへの分解経路も規則に加えられることとなりました。ただし、クロロホルムは規制には入りません。
複雑なんだよ!
改定されたことによってどのようなメリットがありますか?
どの法律についても当てはまることではありますが、法改正はその時代のニーズに応じた形で改正されます。
例えば、ある法律の条文の一部が今の時代の流れにそぐわないと判断されると、条文が書き換えられる、あるいは新たな条文が加えられるという改正が実施されます。
もちろん土壌汚染対策法についても同様です。むしろ、土壌汚染対策法は他の法律と比較しても頻繁に改正が行われています。
今回の改正の内容は、土壌汚染状況の判断の迅速化と自然由来による土壌汚染の扱いの明確化がその大きなポイントと言えます。
土壌汚染状況の判断の迅速化により、現場作業工程がよりスムーズに実施できるようになったことは時間的に大きなメリットになります。
また従来だと扱いが不明確だった自然由来の土壌汚染がより明確になったことで、土壌汚染調査計画を立てやすくなったこともまた大きなメリットと考えられます。
まとめ
「法は時代とともに生き続ける」と言います。
時代の流れとともに姿形を変えながら生き続け、私たちがどう生きるべきかを示す道しるべとなります。
典型7公害の1つに数えられる土壌汚染。土壌汚染による人への健康被害を防ぐために施行された土壌汚染対策法もまた、時代のニーズに応じて姿形を変えながら生き続け、土壌をいかにして汚染から守るかを示す道しるべとしての役割を果たし続けるのです。
今後も土壌汚染対策法は改正されていくでしょう。今の内容は環境影響の部分のみに特化されたものですが、時代のニーズに合わせて、地質や土地の流動化も考慮した法律ができること切に願います。