工場や研究所、クリーニング店、ガソリンスタンド・・・日本経済を支え続けた多くの事業所。今なお活躍し続ける事業所もあれば、その役目を終えて長い歴史に終止符を打った事業所もあります。終止符を打った事業所の多くは、次の世代へと引き継ぐべく静かに目を閉じます。
「あなたのことは忘れません。安らかに・・・」
と、手厚く葬って綺麗さっぱり成仏してくれれば何もいうことはなく後腐れもありません。しかし、そんな事業所の多くは、あまりにも多くのものを次の世代へ残していくのです。
そう!「汚染土壌」です。
飛ぶ鳥跡を濁さず、どころではありません。あまりにも多くの事業所が、跡を汚しまくって長い歴史に終止符を打つ現状、残された者たちの苦労はいかばかりか。その最たる状況が「要措置区域」に指定された跡地なのです。
今回はそんな要措置区域についてお話いたします。
要措置区域を決める基準は?
要措置区域を土壌汚染対策法の通りに端的に説明するとこんな感じです。
「土壌汚染の摂取経路があり、健康被害が生じるおそれがあるため汚染除去などの措置が必要な区域のこと」
土壌汚染の摂取経路、つまり何らかの形で人が身体に取り入れる可能性のことを言います。例えば、飛び散って粉塵状になった土壌がたまたま付近を歩いていた通行人の口に入り込んだ・・・といった状況が考えられますね。それが汚染土壌だったとしたら、当然健康被害の可能性は出てくる。
本来ならば極めて稀なケースですが、そんな可能性すら考慮したければならないほどの高濃度汚染土壌が確認された場合、要措置区域と判断されます。
では、その濃度とは?
基準となる濃度は、第二溶出量基準不適合または含有量基準不適合とみなされた場合と規定されています。ただし、それに該当する場合であっても健康被害の恐れがないと判断されたならば、要措置区域とならない場合もあります。
それ以降の判断基準については、次章でお話しましょう。
基準があるのね!
自治体によって違うのですか?
判断基準
実は要措置区域の指定判断基準は、特定有害物質の濃度で一律に決められるものではありません。土壌汚染対策法で規定される特定有害物質は26種類、それぞれ人に対する影響の強さ、毒性、蓄積性などが異なります。
そうなると当然、土壌汚染調査を行なった土地周辺の状況にも大いに影響を受けます。例えば、住宅街の一画に汚染土壌が存在するならば要措置区域に指定されやすく、郊外ならばされにくい。川や池などが近くにあるならば地中に地下水が比較的多く存在する可能性が高いため指定されやすい。
また、自治体によっても異なります。特に自治体担当者次第で、稀にその判断が異なる場合も発生します。あまり大声では言えませんが。
でも、考えてみれば当然ですよね。法での要措置区域指定の判断基準が曖昧であったなら、自治体、さらには担当者個人の考え方がそう措置区域の判断に影響を及ぼすことは想像に容易です。致し方ないでしょう。
要措置区域に指定されると
さて、ここまで要措置区域に指定される場合についてお話してきましたが、そもそも要措置区域に指定されると一体どうなるのか。ここからお話いたします。
冒頭で要措置区域という状態について端的に説明した文言の中に「汚染除去などの措置が必要な区域のこと」というものがありました。
極めて稀なケースとは言え土壌汚染の摂取経路があり、なおかつ高濃度汚染の土壌は長期間放置することは出来ません。
そのためこの要措置区域に指定された土地は、行政の指示に基づいて直ちに汚染土壌の対策工事を実施しなければならないのです。
また、要措置区域にしてされた土地は、対策工事を以外の土地の改変や土壌の持ち運びが一切禁止されます。汚染された土壌が外へ搬出された場合のリスクを考えれば、当然と言えば当然ですが。
また、要措置区域に指定された土地は各自治体のホームページなどに公表されます。これで土壌汚染の土地は逃げも隠れも出来ない!というわけですね。
検索すればわかるんだ!
汚染除去をする場合の手続きは?
土壌汚染調査の結果、調査対象の土地が要措置区域となった場合、都道府県知事から土地所有者に対して汚染除去などの措置が指示されます。
ただし、指示が出たらすぐに工事に取りかかれるわけではありません。
土壌汚染対策法で謳われている手続きは、「汚染土壌を要措置区域等から搬出する場合、届出義務者は搬出する 14日前までに都道府県知事に対して届出」とあり、シンプルな手続きのように思われるかもしれません。
しかし実際は、自治体担当者との綿密な打ち合わせを実施しなければならず、この打ち合わせが非常に時間を要するし本当にめんどうくさい!
基本的に対策工事は、業者だけで計画を立ててそれをそのまま実行できることはほとんどありません。事前に計画書を業者の方で作成しておき、それを自治体の担当者に提出、その内容で工事を実施して良いかの判断を仰がなければならないのです。
すんなりとゴーサインが出ればそんなに時間を要することはありません。しかし、自治体の担当者が経験不足、あるいは全く土壌汚染対策法の知識が全くないという場合もあり、そうなると話はどこまでも拗れていきます。工期の見直しも視野に入れなくてはならないでしょう。
打合せに時間がかかるんだ!
要措置区域は転売できるのですか?
さて転売です。ここまでお話してきたように、要措置区域に指定された土地は土壌汚染対策工事の実施が義務付けられた土地。つまり、紛れもなく土壌汚染が存在する土地です。
「転売もクソもない!そんな土地誰が買うんだ!?」
そう!その通りです。何百万円も出して購入した土地をまた何百万円、何千万円もかけて土壌汚染対策工事を実施・・・そんなバカなことやるはずがない!そもそも、要措置区域の土地など法律的に転売できるのか?
実は、転売自体は要措置区域であったとしても出来ます。法律的にもなんら問題ありません。問題なのはその土地の販売者が要措置区域であるということを隠蔽して販売することです。こうなると当然販売者は罰せられます。
そして一体誰が土壌汚染の土地など買うのか、ということですが・・・
1つあなたに質問です。あなたは土壌汚染が発覚した土地をどういうイメージで捉えていますか?
もしかしてカビの生えたパンや事故でペシャンコになった車のようなイメージで捉えているでしょうか?
もし土壌汚染が発覚した土地がそういったものと同じ扱いならば、そんな土地誰も買うはずがありません。カビが生えたパンもペシャンコの車も通常は廃棄しますよね?
でも、土壌汚染の発覚した土地って廃棄できますか?どれだけ汚れていようと、健康被害の原因になっていようと、土地はいつまでもその場所にドーンと構えています。廃棄することなど出来ません。
何が言いたいか?というと、たとえ要措置区域に指定された土地であったとしても、その土地を浄化する価値があると購入者によって判断されれば、土地は売れます。現に、要措置区域であるという前提のもとで土地売買の取引がされた例は多数あります。
ただし、その際に極めて重要なことは、土地引き対象である土地が要措置区域であるということを包み隠さず購入予定者に伝えることです。
仮に、取引成立後にその土地が要措置区域であるということが判明してしまうと、販売者はその責任を問われることになり、多くの場合、その判断を司法の手に委ねざるを得ないことになるのです。要は裁判沙汰になるわけですね。
以下に、その事例を紹介します。平成20年7月8日に判決が出た土壌汚染の損害賠償に関する事例です。
事案の概要
Aは、Bより土地と建物を10億8854万7661円で購入した。その後、同土地に、Cは、上記の土地にマンションを建築する工事を開始したところ、地中にダイオキシン類、PCB、六価クロム、フッ素及びホウ素を含む土壌汚染、臭気土、コンクリートガラ等の地中埋設物が存在していることが判明した。なお、フッ素及びホウ素については、売買契約締結前に行なわれた二度の土壌調査においてはほとんど発見されなかったにもかかわらず、売買契約締結後に行なわれた土壌汚染調査において初めて発見された。Aは、これらの調査及び対策工事費用として5億6970万5850円を支出したため、Bに対し、瑕疵担保責任に基づき損害の賠償を求めた。
判決の概要
上記の土壌汚染及び地中埋設物の存在は土地の瑕疵にあたるとして、Bにこれらの調査及び対策工事費用5億6970万5850円の賠償義務を認めた。なお、Bは、土地の建ぺい率及び容積率によって制限される平面的範囲内に存在する地中埋設物のみが土地の瑕疵となる旨主張したが、裁判所は、土地の全ての平面的範囲内に存在する地中埋設物が土地の瑕疵にあたると判断して上記のBの主張を排斥しました。
この事例は、要措置区域であることを隠して土地引きを行なったというような事例ではなく、販売者であるAは2度に渡り土壌汚染調査を実施しています。その結果を持って土地売買の取引を行なっていますので、Aは法律上の責務は果たしていることになります。
それにも関わらず、上記判決はAにとって非常に厳しいものとなりました。これは、より厳密に土壌汚染調査を実施するために指定調査機関をしっかり選定しなければならないということ、そして土壌汚染対策法自体が非常に不完全なものであるということを認識しておかなくてはならないということを示しているように思います。
上記裁判事例からもわかるように、2度に渡る土壌汚染調査でも土地の汚染を発見することができなかった。もはや現行の土壌汚染対策法の不完全さは誰の目にも明らかです。
その時代時代の要請に応じて改正を繰り返す法律。もちろん土壌汚染対策法も例外ではありませんが、この法律に関してはその傾向がより活発になっていくように思います。
まとめ
土壌汚染調査の結果、要措置区域に指定されれば、直ちに土壌汚染対策工事の措置を取らなければならない。つまり土壌汚染対策法上最も重い処分と言えるかもしれません。
現在も地中に静かに潜む汚染土壌の原因は、その多くが土壌汚染対策法制定前の過去の事業者によるもの。そう考えるとなんともやりきれない、煮え切らない重いでしょうが、それを気に病んだところで始まらない。
原因はどうあれ、現実に汚染土壌は地中に存在し、そして土壌汚染対策法は制定されているのです。
現代を生きる私たちに与えられた課題は、いかに確実に地中に潜む汚染土壌の存在を明らかにし、いかに効率よく汚染土壌を除去するか、ということです。残念ながら、今の土壌汚染対策法にそれを期待するのはあまりに酷というもの。
第二、第三の豊洲土壌汚染問題を引き起こさないためにも、地質学に基づいた大幅な土壌汚染対策法の改正が必要だと考えます。