非常に深刻な土壌汚染状態をもたらす可能性が高い事業所の1つが、クリーニング工場です。
「いくら業務といっても所詮はクリーニング、水と洗剤とアイロンだけでしょ?」
いいえ、クリーニング工場で実施される洗濯は、一般家庭の洗濯とは全く異なります。
衣服のありとあらゆる汚れを落とすことを目的とし、それが常に求められるプロのクリーニング。時には帽子や靴、カーテン、布団のようなものまでサービスの対象となります。
衣服の汚れの原因は、水や洗剤だけで落ちるものではありません。あなたも洗濯しても落ちないガンコな汚れを経験しているはずです。
そんな時の手段として用いられるのがドライクリーニング、水を使わず有機溶剤で汚れを落とす手法です。
有機溶剤の洗浄力は凄まじく、大抵の汚れは綺麗さっぱり無くなります。
ところが、この有機溶剤こそが土壌汚染対策法で規定される特定有害物質なのです。したがってクリーニング工場跡地では必ず土壌汚染調査が必要であり、過去の事例をみてもほとんどの調査対象地で汚染が確認されています。
今回はそんなクリーニング工場の跡地の土壌汚染についてお話いたします。
コインランドリーも同じかな?
クリーニング工場の跡地に含まれる有害物質は何ですか?
クリーニング工場で使用される特定有害物質はたった1種類であり、それがテトラクロロエチレンです。
テトラクロロエチレンは第一種特定有害物質に該当し、発がん性が疑われるため特定有害物質に指定されました。
ただし、クリーニング跡地の土壌汚染調査では、テトラクロロエチレンを含めた以下の6種類の第一種特定有害物質が検出される可能性があります。
・テトラクロロエチレン
・トリクロロエチレン
・1,2-ジクロロエチレン (トランス体、シス体)
・1,1-ジクロロエチレン
・クロロエチレン
テトラクロロエチレン以外は、ドライクリーニングで使用されません。では、なぜ5種類の特定有害物質が検出される可能性があるのか?
ここからは化学の要素を含んだお話になりますが、テトラクロロエチレンが分解することで5種類の物質に変化するためです。
わかりやすく説明しましょう。
テトラクロロエチレンは、2つの炭素に4つの塩素がくっついた形だけの比較的単純な構造を持ちます。構造式ではC2Cl4と表されます。この4つの塩素が身体に悪影響を及ぼすと言われています。
テトラクロロエチレンは段階的に分解していくところに特徴があり、第一段階では、4つのうち1つの塩素が水素に変化し、トリクロロエチレンとなります。構造式ではC2HCl3と表されます。
第二段階では、塩素がさらに1つ水素に変化し、トリクロロエチレンから1,2-ジクロロエチレンもしくは1,1-ジクロロエチレンとなります。構造式はいずれもC2H2Cl2と表されますが、塩素の位置により2種類の有害物質となる可能瀬があります。なお、1,2-ジクロロエチレンはトランス体、シス体の双方を含みます。
第三段階では、塩素がさらに1つ水素へと変化し、クロロエチレンとなります。構造式はC2H3Clと表されます。クロロエチレンは昨年新たに追加された特定有害物質であり、やはり発ガン性が疑われる物質です。
クロロエチレンの塩素が水素へと変化する第四段階もありますが、ここまでくると特定有害物質ではなくなるので説明は割愛します。
つまり、クリーニング工場跡地の土壌汚染調査では、必ずこの4種類の特定有害物質が検出される可能性を想定しなければならないということになるのです。
生まれ変わるんだ!
有害物質を除去する費用は?
仮にクリーニング工場跡地でテトラクロロエチレンによる土壌汚染が確認されたとすると、多くの場合、浄化義務が発生します。対策工事についても多くの事例がありますが、その費用は調査対象となる土地の面積や特定有害物質濃度、汚染の深さ等が大きく影響するため、一概には言えません。
ただ、第二種特定有害物質の対策工事と比べると、第一種特定有害物質は容易に揮発や分解するので土壌浄化の工法も多く、より土壌汚染の状況に応じた工法を選択することができます。以下にその工法を紹介いたします。
原位置封じ込め
調査対象地内の汚染された区画を鋼矢板等で四方を囲い、有害物質を封じ込める工法です。多くの現場で採用されている工法ですが、根本的な解決になっているとは言えず、欠点が多い工法です。費用は500万円〜1800万円、あるいはそれ以上です。
土壌ガス吸引法
第一種特定有害物質の揮発性という性質を利用した工法です。費用は150万円〜400万円と比較的安価ですが、数年もの時間を要し、また確実に浄化することは極めて困難です。
揚水処理
この工法は土壌ではなく地下水汚染を対象としたものです。地下水を地上に揚水してタンクに貯め、そこで曝気してから元の地下水に戻します。地下水の汚染に対して効果はあるでしょう。費用は150万円〜400万円と比較的安価です。
化学的酸化分解
先ほどもお話したように、第一種特定有害物質は揮発や分解する性質を持っています。この工法は土壌中の有害物質に酸化剤を投入して化学的に分解させるというものです。費用は、200万円〜2400万円と状況次第ではコスト面で不利ですが、確実に浄化が可能であるため、比較的多くの現場で採用されている工法です。
生物的分解
第一種特定有害物質を分解する性質を持つ微生物を土壌中に投入し、微生物の力で分解させる工法です。環境面では極めて理想的な工法ですが、土壌を微生物が活発になる状況に保つことが難しく、費用も300万円〜2400万円と高めです。今後の研究開発に期待したい工法です。
掘削除去
汚染土壌を重機で掘削する工法です。主に第二種特定有害物質の浄化で採用される工法ですが、状況次第では第一種特定有害物質でも採用されます。工期は約1ヶ月と短期間での浄化が可能ですが、費用は500万円〜4000万円と最も高くなります。ただし、現地で土壌の浄化をすることができれば費用を抑えることが可能です。
以上、第一種特定有害物質の浄化工法とその費用をご紹介いたしました。実際に費用を見積もる場合は、浄化にかかる調査や分析の費用を加味し、どの工法が最も適切かを現場ごとに十分吟味する必要があります。
土地の評価は低くなる?
冒頭で私は、クリーニング工場が非常に深刻な土壌汚染状態をもたらす可能性が高い事業所だと言いました。
実はその理由がこの土地の評価と関係があるのです。もう少し詳しくお話いたします。
過去のブログでも何度も登場している「豊洲土壌汚染問題」ですが、豊洲でもベンゼンという第一種特定有害物質の汚染が問題となりました。
そして豊洲は数年前に、巨額の費用をかけて土壌汚染対策法の規定通りの土壌浄化対策工事を実施しています。にも関わらず、ベンゼンは依然土壌中に残ったまま・・・
実は、クリーニング工場跡地でも同様の問題が発生する可能性が非常に高いのです。例えば、こんな事例があります。
神奈川県藤沢市某所のクリーニング跡地での土壌汚染調査で、テトラクロロエチレンによる土壌汚染が確認された。その土地は立地条件が良かったため、大手のデベロッパーは土壌汚染を確認した上でその土地を購入、土壌汚染調査結果に基づき浄化対策工事を実施することとした。土壌汚染調査結果によると、GL−3mまでの土壌汚染が確認されており、テトラクロロエチレンの濃度は基準値の約100倍、しかも地下水も汚染されていた。
指定調査機関、土木業者との打ち合わせの結果、掘削除去と揚水処理を行なう必要があるということになり、対策工事に着手した。
実際に掘削してみると、確かに土壌も地下水もテトラクロロエチレン濃度が高い。地下水を揚水しつつ順調に土壌掘削を実施、やがてGL−3mの掘削が完了した。底面の土壌からテトラクロロエチレンは検出されない。あとは地下水の揚水が完了すれば対策工事は完了だが、地下水のテトラクロロエチレン濃度が一向に下がらない。掘削箇所を客土で埋め戻した後、そこに観測井戸を設置して何度も地下水検査を実施するが、やはり濃度は下がらない。
検討した結果、敷地外からの有害物質流入の可能性があるということになり、地下水が流れてくる敷地境界を掘削、地下水を検査すると、やはりテトラクロロエチレンが検出された。しかし、敷地外からの流入を止めるための予算もなく、結局そのまま対策工事は終了することとなった・・・
このあと、この敷地には新たに研究所が建設され、土壌汚染は浄化済みというお墨付きをもらいました。しかし、この敷地に流入してくる地下水がどこから流れてくるのか、汚染源はどこなのかということについて調査されることはありませんでした。
仮に何らかの事情で、敷地周辺での土壌汚染調査が行われたとすれば、豊洲と同じような問題が発生することになる可能性は高いはずです。
まとめ
現在もクリーニング工場のドライクリーニングでは有機溶剤としてテトラクロロエチレンが使用されています。しかし、その取り扱いについては極めて厳格な規定がされており、また土壌への浸透についても厳しく指導がなされます。
しかし、かつてのクリーニング業務で土壌中に浸透したテトラクロロエチレンは地中深くに浸透し、土壌や地下水を汚染します。まさに負の遺産です。
土壌汚染対策法が制定されてから約15年が経過し、浄化対策工事も日本各地で実施されていますが、かつてリーニング工場が存在したと言われる土地は日本全国に点在しており、その全てを浄化することは極めて困難です。
まして地質学を無視した土壌汚染対策法に基づいた調査や対策工事では不可能と言わざるを得ないでしょう。
地層の仕組みや地下水の流れに基づいた調査の実現、そしてより効率的な微生物による浄化工法の確立を待つしかないのかもしれません。